今回はライフサイクル論やアイデンティティ論などで有名な心理学者E.H.エリクソンとJ.M.エリクソン、H.Q.キヴニックの『老年期』を紹介します。
学術的な趣が強い本ですが、一般の方でも、自分自身の人生や親との関わりについて思考を深めたい方、あるいは、高齢者福祉などに携わり年配者と関わることが多い方にもおすすめしたいです。
内容は、著者たちが行った80代の人々を対象としたインタビュー調査をもとにして、人生のまとめの時期にある人たちが、どのように自らの人生を解釈し、「自分らしく」生きようとしていくのかを考察した研究です。
それまでの人生に対する意味付けと、その意味付けられた人生の今後の人生への繋げ方には色々な可能性があります。
たとえ若いころは苦労ばかりで報われたことがなかったと思っていても、これからの人生にとって、その過去に意味を持たせることはできます。
実際に苦労を体験しているときは苦しんでいたとしても、振り返ったときに、その苦しみの部分ではなくて、苦労の末に手にしたものに焦点を当てて、それが仮に小さな成果であっても、まるで順風満帆であったように解釈することができます。
反対に、周囲の人から見れば恵まれた人生であっても、苦労の多い人生だったという振り返り方をする方もいます。意味のない人生だったと落胆することもありえます。
私がこの本を読んで思うのは、自分の性格や人生に関する語りって物語みたいなものだということです。
例えば、「自分は精力的な人間だ」という自己定義をしている方がいるとします。でも、その方の人生には、精力的に取り組んでいたこともあるでしょうが、疲れて活動的ではない時期もあったでしょうし、怠惰だった場面もあるかもしれません。しかし、その方は、精力的な自己像に当てはまらない事実を振り返らないか、振り返ったとしても、それを自己像に当てはまるように別の意味に書き換えるかもしれません。
「家族に尽くしてきた」と考えている人は、確かに家族のために活動したこともあるでしょうが、自分だけのために行ったこともあります。その比重をどのように思い出すかは、その人次第です。その人の家族からすれば、自分勝手に生きてきた人だという印象を持たれている可能性もありますが、本人だけは家族に尽くした人生だったと思えるかもしれません。
金銭的にも環境的にも不自由なく暮らしてきた人でも、恵まれていたことを鑑みず、満たされなかった人生だと捉えるかもしれません。
貧しい家庭に育ち、金銭的な苦労をした人が、貧しく育ったことをプラスに捉える話なんかはしばしば耳にします。
物語って、終末にとって辻褄の合う出来事と、辻褄の合う意味付けだけをストーリーとして描いています。
これを人生語りに置き換えると、終末を現在の自分として、現在の自分をどのように捉えたいかで、人生の振り返り方を変えることができるのです。
こういう言い方をすると作為的な感じに聞こえますが、多くの場合は無意識のうちに人はこうした作業をしているのではないでしょうか。
要は、人生で体験してきた出来事の何を人生の物語に組み込むのかと、その出来事にどのような意味をもたせるかだと思うんです。
この本の調査対象者は80代の方ですが、80年も生きていなくても、どの年齢の人にも当てはまることだと思います。
「自分はこういう人だ」という自己定義や、「自分はこうして生きてきた」という自己語りって、自分の「こうありたい」という願望や、実際の自分の行動、過去の出来事を根拠にしていると思います。でもそれは、根拠にしたこと以外の無数のエピソードを省いた、いわば編集した物語のようなものだと思うんです。
だからって、自己認識や人生の振り返りが全て間違っているとか嘘だとか言いたいわけではありません。
自己認識や人生の価値付けには、広い可能性があると言いたいのです。
失礼な言い方をするようですが、年配の方で話が止まらない人をよく見かけませんか?
私は仕事柄もあり、多くの話の長い年配者と関わってきました。
そうした方の中には、自分の人生を語ることに一生懸命に見える方もいます。迫力を感じることもあります。
私は仕事上でそうした方と関わるときは時間と精神力が許す限り聴こうと思っています。
たいてい、何度も同じ話を聴く羽目になりますが、そうした方の人生語りって、それまでの人生を受容するための大切な作業だと思うんです。
上から目線で生意気な気もしますが、私ぐらいの年齢(アラサー)の人間に語るという行為自体に意味があるのではないかと考えています。
80年も生きてきた方たちの自分の人生に対する意味付けが、私に人生を語ることで変わるとか、もっと豊かになるとか、そんな傲慢な期待をしているわけではありませんが、自分の人生を受容するための作業だと思うからです。
こうした話は、社会学や心理学の分野では「物語論」「ナラティブアプローチ」「ライフストーリー論」などという枠組みで論じられています。興味のある方は調べてみてください。
「自分らしさ」とか「ほんとうの自分」などの概念にまつわる思索に関心がある方は、以下のような本も面白いかもしれません。
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