「まだご飯を食べていない」から考える自尊心を傷つけない対応

認知症の利用者さんがいる高齢者施設では日常的な光景とも言える、「まだご飯を食べていない」という訴え

障害福祉の現場でも認知症状が低下している利用者さんから同様の訴えがあるのは珍しいことではありません。

さっき食事をしたばかりなのに「ご飯を食べていない」という訴えをするのは、満腹中枢が機能しなくなったことや、食べたことを忘れてしまう記憶障害が理由です。

高齢者福祉の分野で勤めている方は、こうした定番とも言えるやりとりにおける対応の仕方を学ぶ機会は多くあると思います。

現場で他の職員の対応を見ることでの学習、職場に入ってからの研修など、働きながらに学べますし、学校で福祉を学んだ人にとっては、授業で取り上げられるような定番な例です。

要求通りに食事を提供していては健康上良くないので、周りの人間としてはどうにかして乗り切る必要があります。

よく言われる適切な対応例としては、「もうすぐお菓子ですよ」とか「そうですか。それは失礼しました。今から作りますので、できるまで待っていてください」などと言って注意を逸らしたり、理解を示すことです。

これを、「さっき食べたばかりでしょう」などと言い、食べたことを納得させようとすると、ほとんどの場合、相手の気分を害します。場合によってはプライドを傷つけることになります。

このやりとりはあくまで例の一つですが、福祉の現場では、利用者の病気や障害への理解、利用者に対する適切な接し方を、日々、文献や実践を通して学んでいくことが望まれます。

障害者の入所施設で経験した話をします。

軽度の知的障害がある60代男性の利用者Kさんは、50代までは障害者の作業所でエース級の働きができる能力のある方でした。

しかし、60代に入り視力の悪化もあり、急激に衰えていきました。作業所の利用はやめて、入所施設を利用することになり、認知機能も衰えていきます。

そして「まだご飯を食べていない」「家に帰らないといけない」などの認知症患者さんによくある言動をするようになりました。

この入所施設の職員は、ベテラン職員であっても、現場主任という肩書がある職員でも「さっき食べたばかりでしょう」「Kさんはここに住んでいます」「家はもうありません」などと食い気味で声を荒げる対応しかできない人もいて、サービス利用者であるはずなのに、Kさんは冷たい対応をされることもしばしばでした。

Kさんは、施設の職員に対して「お世話になっている」という意識があり、基本的にはそうした冷たい対応をされても戸惑いはするものの怒ることは少なかったのですが、やはり人間ですので、たまには強い口調で言い返すこともありました。

私はKさんに対して、できるだけ失礼な言い方にならないよう気をつけ、Kさんの怒りを買うことはなかったのですが、ある日、悲しい発言をさせてしまいました。

私の夜勤の日のことです。

Kさんはご自分のベッドのシーツやカバーに対する拘りがあり、タンスに入っている布という布全てを敷いたり被せたり、何度もはがしては敷くを繰り返したり、順番が滅茶苦茶になったりという行動があったため、Kさんが寝る前に職員は寝具を整える作業が必要でした。

余分なシーツやカバーを部屋に置いておかないようにすれば良いのにと思う方もいるかもしれませんが、そうすると、Kさんは部屋の物が取られたと思い不穏になるため、施設の方針として寝具類は本人の部屋に置いていたのです。

それは置いておいて、

その日も私がKさんの寝間着への着替えを手伝い、何重にも重ねたシーツやカバーを取り外し寝具を整えていると、Kさんは自嘲した様子で「しょうもない人間だと思っているんでしょう?」と言いました。私はドキッとしました。

寝具を整えているとき、たしかに私は呆れたような口調で「こんなにカバーを敷かなくても良いですよ」と言っていました。おそらく、その言い方に対しての「しょうもない人間だと思っているんでしょう?」だったのだと思います。

私はすぐに「そんなこと思っていませんよ」と取り繕いましたが、内心、鋭い指摘をされたときのような焦りがありました。

その次の日の夜中、Kさんは突然、睡眠中に息を引き取りました。私が夜勤をした日の次の夜中のことでした。日中は特に普段と変わった様子はなく、本当に突然のことでした。

私はKさんが急死したという報告を自宅で知り、前日のKさんの「しょうもない人間だと思っているんでしょう」という言葉を思い出しました。

Kさんがそんな思いをしながら死を迎えてしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちや、自分を恥じる気持ちが湧いてきます。

こうして支援について語っている私ですが、所詮は常に完璧な対応ができるわけではなく、気の緩みで利用者さんに失礼な言動をしているのです。

後悔してもKさんに改めて向き合うことはできないのですが、こうした経験をすると、いかに日頃から病気や障害、福祉制度、支援技術を学び、反省しながら自分を育てていくことが大切かを感じます。

まず第一に、利用者さんに精神的に穏やかに過ごしてもらえるように

第二に、自分が職員として後悔しないように

日頃の生活でいっぱいいっぱいで新しい知識を学ぶことは難しかったとしても、

少なくとも、驕ることなく、威張ることなく利用者さんに向き合うようにしたいものです。

今回の記事は誰に向けた内容なのか自分でもよく分からないのですが、福祉業界への就職・転職を考えている方のご参考にはなると思います。

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